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最高裁判例 調査官解説批評review


神奈川県議会政務活動費の交付等に関する条例に基づいて交付された政務調査費及び政務活動費について、その収支報告書上の支出の一部が実際には存在しないものであっても、当該政務活動費等の交付を受けた会派または議員が不当利得返還義務を負わない場合
(平成30年11月16日第二小法廷判決 民集72巻6号993頁)
木村 夏美(三重弁護士会)

1 池原桃子調査官の解説である。
 同調査官は、平成28年4月から平成29年3月末まで最高裁民事調査官を務め、その後、令和2年3月末まで最高裁行政調査官を務めて本解説を書いた後、令和2年4月から最高裁行政調査官室上席補佐に就任している。
 

2 事案の概要

 本件は、神奈川県の住民が、知事が神奈川県議会のある会派(以下「本件会派」という)に対して不当利得返還請求権の行使を怠っていることが違法であることの確認を求めた住民訴訟である。
 神奈川県議会のある会派は、平成23年度から平成25年度までに交付を受けた政務調査費及び政務活動費(以下「政務活動費等」という)に関し、収支報告書を提出したが、そこに支出として記載されたものの一部は実際には支出されていなかった。しかし、本件会派の収支報告書上の支出の総額は、政務活動費等の交付額を大きく上回っており、支出の総額から架空の支出の額を差し引いても、なお支出の総額が交付額を上回っていた。このような場合にも不当利得が成立するかどうかが争点となった。
 第一審は、「政務活動費等は、それを充てることができる経費及び使途を限定して県から交付される金員であるから(以下、この経費及び使途を限定する定めを「使途基準」という)、会派が、交付を受けた政務活動費等を、使途基準以外の使途に充てた場合には、政務活動費等を違法に支出したものとして、県に対して当該支出に相当する額を不当利得(法律上の原因のない利得)として返還すべき義務を負うものと解するのが相当である。」として、住民の請求を認めた。
 原審は、「本件新旧条例等(筆者注:神奈川県議会政務調査費の交付等に関する条例、及び、神奈川県議会政務活動費の交付等に関する条例)は、…政務活動費等の使途の透明性の確保という趣旨を全うさせようとしたものと認められるものである。以上によれば、本件新旧条例等が、使途基準以外の使途に充てた金額が自己負担額を下回る場合には、架空の領収証を用いるなどして政務活動費等として金員を取得したようなときであっても、政務活動費等を使途基準以外の使途に充てたとは認められず返還の問題が発生しないという趣旨のものとは到底解されないところであって、これを左右するに足りるような特段の事情を認めるに足りる証拠はない。」として、第一審を維持した。

3 最高裁判決の概要

 最高裁は、下記の通り判示して、原審を破棄し、自判して原告の請求を棄却した。
 新旧条例は、具体的な使途を個別に特定した上で政務活動費等を交付すべきものとは定めておらず、知事が年度ごとに交付の決定を行い、当該決定に基づいて月ごとに一定額を交付した上で、事後に収支報告書等を提出させて使途を明らかにさせ、使途基準に適合した支出に充てなかった残額がある場合にはこれを返還させることにより、交付した政務活動費等が使途基準に適合した支出に充てられることを確保しようとするものといえる。さらに、新旧条例は、収支報告書上の支出の総額が当該年度の交付額を上回ることを禁ずるものとは解されず、その支出の総額が交付額を上回る場合に、収支報告書上、支出の総額のうちどの部分について政務活動費等を充てるのかを明らかにすることを求めているものとも解されない。そうすると、以上のような条例の定めの下では、政務活動費等の収支報告書に実際には存在しない支出が計上されていたとしても、当該年度において、使途基準に適合する収支報告書上の支出の総額が交付額を下回ることとならない限り、政務活動費等の交付を受けた会派又は議員が、政務活動費等を法律上の原因なく利得したということはできない。
 したがって、新旧条例に基づいて交付された政務活動費等について、その収支報告書上の支出の一部が実際には存在しないものであっても、当該年度において、収支報告書上の支出の総額から実際には存在しないもの及び使途基準に適合しないものの額を控除した額が政務活動費等の交付額を下回ることとならない場合には、当該政務活動費等の交付を受けた会派又は議員は、県に対する不当利得返還義務を負わないものと解するのが相当である。

4 調査官解説(以下「本件解説」という)に対する批評

(1) 問題の所在

 本件解説は、政務活動費等の不正使用を巡る住民訴訟において、主要な争点となるのは、政務活動費等の個々の支出の違法性であり、これらの争点については比較的多くの判例、裁判例が存在している状況の中で、本件は政務調査費等の各支出が架空のものであることを前提として、その上で不当利得の成否が争点となった事案であるとする。
 そして、本件の争点は、収支報告書上の支出の総額が交付額を超過する場合に、その超過部分について不当利得が成立し得るか否かという点であるとする。
 この問題の所在の摘示について異論はない。

(2) 政務活動費等に関する条例の定め

 本件解説は、政務活動費等に関する条例の定めについて、神奈川県を含む多くの地方公共団体においては、政務活動費等の交付は、具体的な支出に対応させてその都度交付されるのではなく、概算払い方式が採用されているとする。
 さらに、返還に関する規定について、使途基準に反した支出があると認められるときは、地方公共団体の長が当該支出の額に相当する額の返還を命ずることができるなどとする規定を設けている例、使途基準に反して使用されたときは、地方公共団体の長が交付決定を取り消し、当該取消しに係る部分に関してすでに政務活動費が交付されているときは返還を命じなければならないとする規定を設けている例等があるようであるが、神奈川県の新旧条例にはそのような規定はおかれていなかったとされる。
 筆者は、政務活動費等に関する全国の地方公共団体の条例にあたったわけではないが、これらの条例の定めに関する記載については、特に異論はないところであると思われる。

(3) 裁判例の状況

 本件解説は、明確に争点が本件と同様であった事案で、不当利得の成立を否定したものとして平成2年9月17日東京高裁判決及び平成29年4月12日名古屋高裁金沢支部判決をあげる。また、この裁判例の他にも、明確には争点とはなっていないものの、自己負担部分については不当利得の成立を否定する裁判例は多数存在するとして、平成18年7月19日大阪地裁判決をあげる。
 不当利得の成立を肯定するものとしては、平成23年9月8日福岡高裁判決をあげている。

(4)本判決の考え方

ア  本件解説は、所定の支出が実際には存在しないにもかかわらず虚偽内容の領収証を提出した場合には、これが違法な支出のために政務活動費等を取得するものであり、そのように取得された政務活動費等は使途基準に適合する支出に充てられたとはいえないとの評価が可能であると考えるか否かが問題となろうとする。
 本件解説は、この問題について、新旧条例においては、具体的な使途を個別に特定することなく、概算払いをして、年度ごとにまとめて収支報告書を提出されて使途を明らかにさせ、使途基準に適合した支出に充てなかった残額がある場合にはこれを返還させることにより精算するという方式がとられていることからすれば、年度末に虚偽内容の領収証を提出したとしても、概算払いの段階で「架空の支出のために政務活動費等を取得した」と評価することは困難であろうとする。
 たしかに、本件解説が指摘する通り、概算払いの段階で、架空の支出のために政務活動費等を取得したということは困難である。しかし、原告が問題としているのは、遅くとも収支報告書を提出した時点では、政務活動費等が架空の支出のために使われたと考えられるにもかかわらず、架空の支出分を返還しないことは不当利得にあたるのではないかということである。したがって、不当利得の成立に関し、概算払いの段階に限る必要はないと思われ、収支報告書提出後、返還期限までに架空の支出分を返還していないことをもって「架空の支出のために政務活動費等の返還を免れている」と評価することは可能であると考えられる。

イ  さらに、本件解説は、新旧条例に基づく収支報告にあたって、交付額を上回る支出の総額を計上することが禁止されているものともいえず、また、新旧条例において、収支報告書上の支出の総額のどの部分に政務活動費を充てるのかを明らかにすることが求められているともいい難く、新旧条例は、交付額と収支報告書上の支出の総額を比較して、前者が後者を上回る場合にのみ返還を命じたものといわざるを得ない、そうすると、交付額を上回る支出の総額を計上する収支報告書を提出した場合において、その支出の総額に架空の支出が含まれていたとしても、使途基準に適合する支出の総額が交付額を下回らない限りは、当該架空の支出のために政務活動費等を取得したとの評価をすることは困難であるといえよう、とする。
 本件解説の説くところは、架空の支出を除いたとしても、支出額が交付額を上回る以上、不当利得とはならないとするものであり、不当利得の法理からすれば無難な考え方といえよう。
 しかし、本件最高裁判決とは異なり、不当利得を認めた第一審及び原審の考え方も説得的である。
 本件最高裁判決も認める通り、政務活動費等は、法令及び新旧条例によってその使途を限定されている。そうであれば、限定された使途以外に充てることは違法であり、その金額を不当利得として返還すべきであろう。第一審はこのような考え方をとったものである。
 原審は、収支報告書に所定の支出が存在する場合は、その支出が使途基準に従っているかが必ずしも明確でなくとも、後に訂正する余地があるが、「現実の支出を伴わない架空の領収証を添えて収支報告書が提出されている場合においては、そもそも、政務活動費等の対象と位置づけることができる前提を欠いているものであって、…旧法、現行法(筆者注:改正前後の地方自治法)及び本件新旧条例等の定めから認められる政務活動費等の使途の透明性の確保という趣旨に著しく反し、政務活動費等としての実態がない金員の取得に対しても、政務活動費等の形式を用いることで、上記の政務活動費等の制度が全く予定しない金員の取得に正当な理由を与えることになりかねないものである。」としている。原審は、法令、新旧条例が政務活動費等の透明性を確保していることから、架空の支出という事実を重くみて、不当利得の成立を認めたものであると考えられる。このような原審の考え方は、公金支出の適法性を住民訴訟を通じて担保することを可能にし、住民訴訟制度の目的に沿うものである。
 政務活動費等の性質から、最高裁判決とは違った結論を導いた第一審判決と原審判決の考え方についても、本件解説で触れてほしいところである。

ウ  本件解説も、本判決の結論に対しては、住民訴訟において政務活動費等の不正使用の事実を明らかにすることが困難となり、透明性の確保の要請が損なわれるなどの批判が考えられるところであるとする。
 本件解説は、そのような批判については、住民監査請求や住民訴訟は、本来は地方公共団体の長や職員による財務会計行為の違法を追及するための制度であるから、会派や議員による財務会計上の行為の違法を追求するためには、議会や会派において自律的に調査等を行うなどして、その結果、問題があると判明した場合には、政治的、社会的責任の観点から解決されるべきであるとの見方もできるように思われる、とする。
 しかし、政務活動費等に関しても住民訴訟の対象となるものであるし、これまでも裁判所は個別の政務活動費等の適法性について判断をしてきている。したがって、本件解説の指摘は、批判に対する回答としては不十分である。
 本事案は、地方議会の議員が政務活動費等の支出について、架空の領収証を提出したということが問題とされた事案である。政務活動費等の報告書に記載された支出が実際には存在せず、支出の証拠として提出された領収証が架空のものであったことは、第一審及び原審を通じて明らかにされた。しかし、架空の領収書の提出という違法な行為があるにもかかわらず、本件判決は、結論として政務活動費等を返還する必要がないとした。
 結果として政務活動費等の返還の必要がないとされるのであれば、住民が政務活動費等の支出に関する違法を問う住民訴訟の提起に消極的となることは容易に想像される。本件判決は、本件解説も言及する通り、住民訴訟の機能を縮小するものである。
 住民訴訟の可能性を広げ、公金支出の適法性を担保する機能を強化するためにも、最高裁判所は、原審または第一審のような不当利得の法理と併存しうる理論構成で、住民の訴えを認容することはできなかったのかと思う。仮に最高裁判所がそのような判断を示せば、不適切な政務活動費等の支出は許されない、またそのような支出が行われた場合には、司法によって是正されるとのメッセージとなったはずである。




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