刑事施設に収容されている者が収容中に受けた治療に関する保有個人情報は行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律45条1項の保有個人情報にあたるか
(令和3年6月15日第三小法廷判決 民集75巻7号3064頁)
森田 明(神奈川県弁護士会)
1 山本拓調査官による解説である。
2 事案の概要
(1)行政機関に適用される個人情報保護法の変遷
まず、行政機関に適用される個人情報保護法に関する法改正の経過について説明する。1988年12月に行政機関の保有する電子計算機処理に係る個人情報の保護に関する法律(以下「旧法」又は「旧行政機関個人情報保護法」という。)が制定された。
その後、2003年5月に個人情報の保護に関する法律(以下「個人情報保護法」という。)が成立した際に旧行政機関個人情報保護法が全面改正され行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律(以下「行政機関個人情報保護法」という。)となった。
そして、個人情報保護法の2021年改正により行政機関個人情報保護法は同法に統合された(以下2021年改正後の個人情報保護法を「改正個人情報保護法」という。)
(2)事実経過
東京拘置所に未決拘禁者として収容されていた上告人が行政機関個人情報保護法に基づき、東京矯正管区長に対し、収容中に上告人が受けた診療に関する診療録に記録されている保有個人情報(以下「本件情報」という。)の開示を請求したところ、行政機関個人情報保護法45条1項(改正個人情報保護法の124条1項)所定の保有個人情報にあたり、開示請求の対象から除外されているとして、その全部を開示しない旨の決定を受けたため、その取り消しを求めるとともに国家賠償法1条1項に基づき慰謝料等の支払いを求めた。
(3)原審判決の理由
1審判決(東京地判平成31年3月14日)は請求棄却、原審判決(東京高判令和元年11月2日)は控訴棄却の判決を下した。原審判決の理由は、要旨、次のようなものである。
被収容者に対する処遇は、刑事事件に係る裁判の内容を実現するために必然的に付随する作用であり、これに係る保有個人情報が開示請求の対象となると、第三者による前科等の審査に用いられ、当該情報の本人の社会復帰を妨げるなどの弊害が生ずるおそれがあるので、被収容者に対する処遇にかかる保有個人情報は、行政機関個人情報保護法45条1項所定の刑事事件に係る裁判に係る保有個人情報にあたると解すべきである。被収容者に対する診療は被収容者の処遇の一環として行われるものであるから、上記の刑事事件に係る裁判に係る保有個人情報にあたり、開示請求の対象から除外される。
(4)最判令和3年6月15日(以下「本件最判」という)の要点
これに対し、本件最判は、要旨、次の理由により、全員一致で原判決を破棄し、東京高裁に差し戻した。
ア 旧行政機関個人情報保護法では、刑事事件に係る裁判若しくは検察官、検察事務官若しくは司法警察職員が行う処分又は刑の執行に関する事項(以下「刑事裁判等関係事項」という。)を記録する個人情報ファイルについては開示請求の適用除外としていた(旧法13条1項ただし書)。これは、刑事裁判等関係事項が開示請求の対象となると、就職の際に開示請求の結果を提出させるなどの方法で第三者による前科等の審査に用いられるなどの弊害が生ずることを防止する趣旨と解される。また、旧法は個人情報ファイル簿に記載されていない情報については開示請求から除外しており(旧法13条1項本文)、勾留の執行、矯正又は更生保護に関する事務(7条3項3号)等に使用される個人情報ファイルについては事務の適正な遂行を著しく阻害するおそれがある場合は、個人情報ファイル簿に掲載しないことができるとされていた。
他方、旧法13条1項ただし書は、刑事裁判等関係事項とは別に、病院、診療所又は助産所における診療に関する事項(以下「診療関係事項」という。)を記録する情報を開示請求の対象から除外すると規定していた。これは、診療関係事項に係る個人情報の開示については、当面、診療の当事者相互の信頼関係に基づく医療上の判断に委ねるのが適当であるとの考えに基づくものであったと解される。
イ 拘置所を含む刑事施設においては、被収容者の健康等を保持するため、社会一般の保健衛生及び医療の水準に照らし適切な保健衛生上及び医療上の措置を講ずるものとされ、刑事施設の長は、被収容者が負傷し、若しくは疾病にかかっているとき、又はこれ等の疑いがある時等には、速やかに、刑事施設の職員である医師等による診療を行い、その他必要な医療上の措置を執るなどとされている。そして、刑事施設の中に設けられた病院又は診療所にも原則として医療法の規定が適用され、医師等も医師法等の規定に従って診療行為を行うこととなる。そうすると、被収容者が収容中に受ける診療の性質は、社会一般において提供される診療と異なるものではないというべきである。このことは旧法制定時の監獄法等の下でも同様であった。
ウ 以上に照らすと、旧法において、被収容者が収容中に受けた診療に関する事項を記録する個人情報ファイルに係る処理情報は、その性質上、13条1項ただし書の診療関係事項として開示請求の対象から除外されていたと解するのが自然であり、これを刑事裁判等関係事項又は7条3項3号所定の事務に係る事項として除外することは想定していなかったものと解される。
エ 旧法を改正して設けられた行政機関個人情報保護法45条1項は、その文理等に照らすと、旧法の刑事裁判等関係事項や旧法7条3項3号所定の事務で上記趣旨にかなうものについて、開示請求等の対象から除外する規定であると解される。
他方、行政機関個人情報保護法には、診療関係事項を開示請求から除外する規定は設けられなかった。その趣旨は、行政機関が保有する個人情報の開示を受ける国民の利益の重要性に鑑み、開示の範囲を可能な限り広げる観点から、医療行為に関するインフォームド・コンセントの理念等の浸透を背景とする国民の意見、要望等を踏まえ、診療関係事項に係る保有個人情報一般を開示請求の対象とすることにあると解される。そして、同法45条1項を新たに設けるにあたっては、社会一般において提供される診療と性質の異なるものではない被収容者が収容中に受けた診療に関する保有個人情報について、同法第4章の規定を適用しないものとすることが具体的に検討されたことはうかがわれず、その他、これが同項所定の保有個人情報に含まれると解すべき根拠は見当たらない。
以上によれば、被収容者が収容中に受けた診療に関する保有個人情報は、行政機関個人情報保護法45条1項所定の保有個人情報に当たらない。
そうすると、本件情報は、行政機関個人情報保護法45条1項所定の保有個人情報に当たらないから、同法12条1項の規定による開示請求の対象となる。
オ 宇賀裁判官の詳細な補足意見がある。そこでは、わが国でインフォームド・コンセントや診療録に対する自己情報開示請求が認められてきたことを法律や判例をあげて指摘し、刑事施設における医療は基本的に一般社会の医療と変わるところはないのであり刑事施設における自己の医療情報へのアクセスの保障はグローバル・スタンダードになっていることについて様々な国際的ルールをあげて論じている。そして必要に応じ被収容者を刑事施設外の病院又は診療所に通院させ、事情によっては入院させることができ、このような場合には開示請求ができるのに、刑事施設内の病院又は診療所で診療を受けた場合に開示請求ができないのは不合理であるとする。
3 問題の所在
本件最判の判旨は明快で説得力があり、調査官解説も判旨を追いつつ肯定的に論じている。しかし、これまでの下級審判決の大勢や国の情報公開・個人情報保護審査会(以下「審査会」という。)の答申は全く逆の立場を取ってきたのであり、どうしてそのような判断が主流になっていたのかについて考察する必要があると思われる。
ここでは、私自身の所感を述べつつ調査官解説へのコメントをすることとするが、本件最判には数多くの論評があることから、私としては、個人情報保護制度の制定、改正経過を追ってきた経験及び審査会の委員をしてきたことを踏まえて、論文には書きにくい、やや主観的な思いを含めて問題点を指摘しようと思う。
(1)個人情報保護法制における請求権の適用除外事項について
本件で問われているのは、個人情報保護法の定める請求権の適用除外の範囲である。
適用除外とされれば、実質的な開示不開示を争う以前に、門前払いとされてしまう。国民にとっては大きな権利制限であり、行政機関にとっては都合のよい仕組みである。
旧行政機関個人情報保護法では、開示請求権は規定されたものの、現在では当然のこととされている訂正請求、利用停止請求といった「権利」は規定されていなかった。しかも、開示請求権については、上記の「刑事裁判等関係事項」、「診療関係事項」に加え、「学校教育法に規定する学校における成績の評価又は入学者の選抜に関する事項を記録する個人情報ファイル」も適用除外とされていた。最も開示請求がされそうな分野に関して請求権を認めない、いわば「右手で与えて左手で奪う」法律であった。旧法制定に前後して制定が進められていた地方公共団体の個人情報保護条例にはそのような適用除外はなく、一連の請求権についての国の後進性が際立っていた。
2003年に旧法を全面改正して制定された行政機関個人情報保護法では、開示請求権についての適用除外規定はなくしたが、「雑則」の中に適用除外の規定(45条1項)を置き、「刑事事件若しくは少年の保護事件に係る裁判、検察官、検察事務官若しくは司法警察職員が行う処分、刑若しくは保護処分の執行、更生緊急保護又は恩赦に係る保有個人情報(当該裁判、処分若しくは執行を受けた者、更生緊急保護の申出をした者又は恩赦の上申があった者に係るものに限る。)」については、同法第4章(請求権に関する規定)をすべて適用しないものとした。これが改正個人情報保護法124条1項に引き継がれている。つまり刑事裁判等関係事項に当たるものについては、改めて適用除外にされたのであるが、診療関係事項については、適用除外とはされていないのである。
刑事施設に収容されている者が収容中に受けた診療に関する個人情報は、刑事裁判等関係事項と診療関係事項の両方にまたがるかのような領域であるから、どちらの領域に当たると解するかによって、適用除外に当たるかが左右されることとなる。本件最判では、被収容者が収容中に受けた診療も社会一般における診療と性質の異なるものではないことと、立法経過から被収容者の診療に関する個人情報を除外することを検討したことはうかがわれないことから被収容者の診療情報については適用除外に当たらないとした。実質的には、適用除外規定によって、法が定める請求権が一律に限定されてしまうことになるのであるから、適用除外規定の範囲は限定的に解釈すべきものという考え方があったのではないかと思われる。また、そのように考えるべきであろう。
逆に言うと、これまでの下級審判決の多くや審査会答申はそのように考えてこなかったために逆の結論になっていたのではないか。
ただ、調査官解説が下級審判決で被収容者の診療情報が適用除外に当たらないと判断したものとして唯一紹介している大阪高判平成20年1月25日は、「法45条1項を形式的に適用する限り…そもそも開示請求の対象とならず、一切を開示することができないという結果となる。」として適用除外該当と判断することの弊害を指摘した上で「この結果がやむを得ないものかどうかを検討するため、45条1項の規制目的が何か、その規制目的との関係で規制手段が合理的なものかについて検討する。」としている。そして、本件最判に類似する検討過程を経て、「45条1項を無制限に適用することは、医療情報の取扱いに関して、規制目的との関係で合理的な均衡を欠く事態を招来」するとしたものである。この判決は本件最判の先駆けというべき内容のものであるが、それにしては調査官解説での取り上げ方は簡潔に過ぎるように思われる。
(2)刑事裁判等関係事項の適用除外の正当性の根拠と運用
ア そもそも刑事裁判等関係事項を適用除外とする理由としては、「これらの事項は、個人の前科、逮捕歴等を示すものであり、開示請求の対象とすると前科等をチェックするシステムとなる危険性があるなど本人の社会復帰や更生保護上問題となり、本人に不利益になる恐れがあるからである。たとえば、雇用主が、従業員の採用に当たって、当該従業員の情報がこれらの個人情報ファイルに含まれていないとの開示結果の提示を条件とする場合などが考えられる。」(総務庁監修『逐条解説 個人情報保護法』171頁(1989年)第一法規、以下「総務庁逐条解説」という。これは旧法についての公的解説書である。)と説明される。本件の1審及び原審判決も同様であり、本件最判自体もこうした一般論を否定はしていない。
しかし、本当にそのような考え方からこの規定を正当化できるかは疑問である。従業員採用にあたり、前科の有無を証明するよう求めることが広く行われる可能性があるという合理的根拠があるのか。あり得なくはないとしても、問題とすべきは就職時に前科の有無について証拠の提出を求めることの方であり、それを厳しく禁じるべきではないか。
総務庁逐条解説(165頁)では、教育情報・医療情報を適用除外とすることについては「諸外国の立法例」を紹介している(もっとも、実際に紹介されているのは適用除外ではなく不開示条項や開示方法の規定である。)が、刑事裁判等関係事項については諸外国の立法例を紹介していない。
かかる規定の合理性に疑問を呈する研究者もいる(曽我部真裕「行政機関個人情報保護法45条1項の適用除外について−医療記録の開示請求を中心に」立命館法学393=394号2203頁)。また、現に収容中の者についてまで、上記の理由が妥当するかは検討する必要があるといった指摘がされていた(宇賀克也『個人情報保護法の逐条解説〔第6版〕』623頁、右崎正博ほか編「新基本法コンメンタール情報公開法・個人情報保護法」354頁〔牧田純一郎〕。なおこの3つの文献は調査官解説でも紹介されている)。
イ まして、診療に関する情報についてまで適用除外の合理性があると言えるかは一層疑問である。
これまでの下級審判決の大部分及び審査会の答申は、これが45条1項の適用除外に当たるとして、請求を認めなかった。ここでは審査会の答申の考え方を紹介する。
調査官解説にも述べられているように、審査会の考え方は一貫して被収容者の診療に関する情報も適用除外になるとしている。
例えば、令和2年度(行個)第1842号答申では、「本件対象保有個人情報は,特定刑事施設における特定期間の診療記録(カルテや歯科施術等を含む。)であることから,特定の個人が刑事施設に収容されている,又は収容されていたことを前提として作成されるものであり,これを開示すると,特定の個人が刑事施設に収容されている,又は収容されていたことが明らかとなり,受刑者等の社会復帰上又は更生保護上問題になると認められる。そうすると,本件対象保有個人情報は,法45条1項により法第4章の規定の適用除外とされる刑事事件に係る裁判又は刑の執行等に係る保有個人情報であると認められる」とする。他の答申の理由付けも概ねこの程度である。
やや興味深いものとして、平成18年度(行個)第16号答申がある。この答申の諮問庁の説明を紹介する部分の中には、次のような記載がある。
「さらに,審査請求人は,本件審査請求書において,「在監中の医療情報に関しては,現状において,行刑改革会議の提言(平成15年12月22日)に係るカルテ開示の仕組みはいまだ作られておらず,したがって,在監者が自己の医療情報を正確に知る手段は,行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律によるしかない」旨主張している。同提言では,「被収容者本人又は遺族に対してカルテを開示できるような仕組みを作るべきである」としつつも,「なお,カルテの開示を行うとすれば,開示に堪えるカルテを作成しておく必要があるところ,そのために医師がかえって時間を取られ,真に必要な被収容者の診察を行えないという事態があってはならない。そのため,カルテの開示を行う前提としても,医師及びカルテの管理や筆記等に携わる医療スタッフの確保が必要である」とされているところ,行刑施設で記載しているカルテには,診療に係る部分と刑や勾留の執行に係る部分が密接に絡んで記載されていることが多く,一般社会のカルテとは異なり,そのままの形で本人にその写しを交付することは適当でないため,現時点において,被収容者のカルテを原則として 開示することができる仕組みになっていないことは事実であるが,処分庁を通じて特定の行刑施設に対し,自己の診療情報の開示を同所被収容者が求めた場合,どのように対応しているかについて確認したところ,被収容者に対して診療録(カルテ)を開示する取扱いはしていないものの,必要に応じて,診療について説明を行っており,また,出所後に引き続き医療機関での診療等を受けることとなったとき,同施設での診療内容について当該医療機関から情報提供を求められた場合には相応の診療情報を提供していることから,同所においては,必要に応じて診療情報の提供を行っていると言える状況にあると認められる。なお,そもそも,医療法令等に基づく診療記録の開示の取扱状況如何によって,本法に基づく本件開示請求が法45条1項の適用除外規定に該当するとした上記2の判断が左右されるものではない。」としている。
ここで言及されている平成15年12月22日の行刑改革会議の提言は、調査官解説でも(注20)の中で紹介されているが、この提言が「被収容者本人又は遺族に対してカルテを開示できるような仕組みを作るべきである」としていることは本件の争点を考える上でも考慮されるべきものであろう。(なお、この答申自体については、調査官解説では言及していない)。
しかし、この答申でも審査会の判断の理由として、「(諮問庁は)被収容者に対しては,必要に応じて,診療について説明を行っており,さらに,出所後に引き続き医療機関での診療等を受けることとなったとき,行刑施設での診療内容について当該医療機関へ情報提供をするなどしている旨説明する。」と述べ、それで足りるとばかりに、「被収容者の健康の維持・管理は,適切な刑事事件の裁判及び刑の執行に不可欠の要素と言えるので,被収容者の医療情報は,それが刑事事件の裁判又は刑の執行そのものに関する情報ではない場合であっても,刑事事件の裁判又は刑の執行に必然的に付随する重要な事務に関する情報であり,法の適用除外とされる刑事事件の裁判又は刑の執行に係る保有個人情報に該当するものと認められる。」としている。
なお、本件の争点からは離れるが、この答申では審査請求人の、「法45条1項の立法趣旨に照らすと,死刑確定者の医療情報は,本人の社会復帰を妨げるという考慮が働く余地がなく,開示による弊害がないのは明白であり,このため,本件対象保有個人情報は,開示されるべき」との主張についても、「本件対象保有個人情報は…刑事事件の裁判又は刑の執行に係る情報と認められることから,審査請求人の上記の主張は首肯できない」としている。
ウ このように答申を紹介していくと、審査会の判断はいかにも紋切り型の判断に終始しているように見えるので、(本件の争点に係る事案は取り扱わなかったものの)審査会の委員として関与した立場から少し付け加えて述べておきたい(言うまでもないが全く個人的な感想である)。
審査会は、訴訟に比べて手続きが簡易なうえ、文書の追加特定や部分開示の範囲の拡大などについては、訴訟手続きではできない手法で救済の実を上げることが可能であり、現に一定の実績をあげていると思う(審査請求人にとって十分満足できるものかはともかく)。
しかし、判断の統一性の維持という点ではガードが固く、先例の変更にあたっては担当部会の判断ではなく、全委員で構成する総会に諮ることになっている(情報公開・個人情報保護審査会運営規則2条3項)。これは法的義務ではないが、一定の合理性もあり(森田明『論点解説 情報公開・個人情報保護審査会答申例』28頁、日本評論社)、実際上先例に反する見解を担当部会の判断で示すことはされていない。そうはいっても、開示範囲などの具体的な判断は個別事情ごとの判断ということで先例違反は問題になりにくいのであるが、「法の定める適用除外の範囲」といった一般的な法令解釈については、先例に反する判断はやりにくい。
そして、適用除外レベルで判断できるのであれば個別に不開示情報該当性を審査するより判断は格段に容易にできる。
さらに誤解を恐れずに言えば、審査会は常時大量の案件を抱えており、その中でも被収容者からの審査請求は多数に上る。だからと言って、解釈を歪めて安易に救済の途を閉ざす運用をしているものではないが、率直に言って、「塀の中からの開示請求」にあまり良い印象を持っていないことは否定できない。こうしたことが、審査会が適用除外を広く解釈する傾向に歯止めをかけられなかった背景と言えるかもしれない。
エ 本件最判が下級審や審査会の消極的、権利制限的な流れを覆したことの意義は大きい。その議論をリードしたであろう宇賀克也氏が審査会の委員を経験してこられたことを思うと、一層その重みを感じるのである。
(3)他の適用除外規定の運用の傾向
適用除外規定は45条1項だけではない。旧行政機関個人情報保護法15条2項では、「保有個人情報…のうち、まだ分類その他の整理が行われていないもので、同一の利用目的に係るものが著しく大量にあるためその中から特定の保有個人情報を検索することが著しく困難であるもの」ついて、請求権の規定の適用については保有されていないものとみなすとしており、これが改正個人情報保護法124条2項に引き継がれている。
さらに刑事訴訟法53条の2第2項では、「訴訟に関する書類および押収物に記録されている個人情報については」個人情報保護法の請求権に関する規定は適用しないとしている。
刑事訴訟法53条の2第2項に関しては次のような審査会答申がある。個々の答申の是非は詳しい事情抜きでは論じられないものの、適用除外拡大の傾向が感じられる。
・令和4年度(行個)第5204号答申
「特定刑事施設の特定場所の監視カメラに記録された本人(被収容者)の映像記録」について該当するとした。
・令和4年度(行個)第5221号答申
「刑訴法53条の2規定の「訴訟に関する書類」は,訴訟記録に限らず,不起訴記録,不提出記録はもとより,不受理とされた告訴に係る書類やその写しもこれに含まれると解される」としたうえで、これは「過去の答申において,何度となくその判断が示されているところである。」とする。
・令和4年度(行個)第5212号答申
質問調書を含む国税犯則調査手続で作成・取得した調書等の関係書類のうち,告発がなされた事件に係る関係書類については,被疑事件に関して作成・取得されたものであり,その全体が刑訴法53条の2第2項の「訴訟に関する書類」に該当すると言える、としている。
ちなみに、令和3年度に審査会が個人情報保護の分野(行政機関個人情報保護法及び独立行政法人等個人情報保護法に基づく請求)に関して出した答申は302件であるが、そのうち適用除外に関するものは10件あり、いずれも適用除外にあたるとした原処分を妥当としている(情報公開・個人情報保護審査会事務局「情報公開・個人情報保護審査会の活動概況−令和3年度−」より)。
4 調査官解説について
本件の調査官解説は、本件最判の判断の流れに沿って、立法経過や立法趣旨、下級審判決、審査会答申、研究者の見解について紹介し、判決の妥当性を説明している。最判の背景となる事実関係や知見を関連する法律問題も含め丁寧に解説しているという意味では有意義なものと言える。
しかし、疑問な点、物足りない点もある。すでに所々で触れてきたが、それ以外で気になる点についてコメントする。
(1)憲法上の問題という視点の欠如
個人情報保護制度が設けた開示請求権等が憲法の定める基本的人権に由来し、そうである以上、安易に権利制限的な解釈を許してはならない、という観点を欠いている。
調査官解説において、実質的な権利保障の重要性という観点から言及しているのは、注の中に留まる。すなわち、(注11)では、「自己に関する情報の開示等を求める権利ないし利益が憲法に基礎を有するものであるとすれば…その運用(解釈)に当たっても、憲法の趣旨を十分に考慮すべきものということができる」としつつ、「もっともこのように考えたとしても、法律の解釈は、融通無碍なものではなく、規定の文理、趣旨、立法経緯等によって支えられた合理的なものでなければならない」と述べ、「当該規定の憲法適合性は、このような法律の解釈が尽くされた後に初めて問題となり得るもの」であるとする。そして、「憲法適合性の判断において、不開示情報や開示等の規定の適用除外の定めを具体的権利に対するのと同様の意味での「制約」又は「規制」と捉え、その目的や必要最小限度性といったものを問題とすることは、必ずしも適切でないように思われる」と述べている。
これは憲法に言及する研究者の解釈を紹介したことを踏まえて、この判決があくまで具体的な法律の条文の解釈レベルで判断したものであることを強調したものであろうが、憲法上の人権侵害という議論とは関わりたくないという姿勢を示したもののように思われる。
もっとも、調査官解説以前に、裁判所は、自己情報コントロール権を基本的人権と認めることに驚くほど消極的である。開示請求権はいわゆる古典的なプライバシー権の領域ではなく、自己情報コントロール権の問題であるが、本件最判でも、自己情報コントロール権については言及されず、原審判決では(プライバシー権とは異なり)憲法上保障されているものとは言えないとしている。診療情報の適用除外該当を否定した前記大阪高判においてすら、自己情報コントロール権が憲法13条により保障されているかについては明確に否定しているのである。調査官解説の上記記載はこうした傾向を反映したものと言えようか。(あるいは最高裁の姿勢がこれらの判決に影響したものか。)
(2)最判から予測される「弊害」への言及について
解説の終盤で、本件最判の考え方によれば、「被収容者が収容中に受けた診療に関する保有個人情報の開示請求が第三者による前科等の審査の手段として利用され、行政機関個人情報保護法45条1項の立法趣旨が貫徹されない可能性が生ずることは否定し得ない。しかしながら…上記のような事態もやむをえないものとして予定されていたというべきである。」(206頁)と述べたうえで、(注30)において、「明らかな潜脱行為には対応の余地がある」、すなわち、第三者が前科等の審査のために本人に開示請求をさせていると認められるような場合には、当該情報の存否を明らかにすること自体が不開示情報に当たるとして存否応答拒否することにより不都合を回避する可能性があることを指摘している。
これは本件最判から想定される不都合が解消可能であることを説明しようとしたものと思われるが、やや説明に無理があり、むしろそのような前科調査自体が不当なことであることを強調すべきではないか。
(3)適用除外拡大への問題意識の欠如
また、本件の論点にとどまらず、個人情報保護法の(ここでは詳しく述べないが情報公開法についても)、適用除外事項の解釈が拡大される傾向があり、それが法の定める権利の制限をもたらしていること、本件最判はそれに対する歯止めとして大きな意味を持つこと、についても言及していない。もっとも調査官の判例解説という性質上、これを期待するのは難しいことだろうか。