1 鷹野旭調査官の解説である。
以下、当該判決を「本件判決」と呼ぶ。鷹野裁判官は、本件判決の直前、令和4年4月1日付で、民事調査官室の上席補佐に「昇格」している。
2 異常な形の判決を調査官はどう解説しているか
原審の結論を破棄する内容であるにも拘らず、法廷意見(多数意見)はわずか判決書で3枚あまり、他方反対意見は29枚もあった。こんな形になったのにはそれなりの理由があるであろう。どう解説しているのか。
私は、別稿(立命館法学410号121頁以下「最高裁の黒い霧を晴らす必要性と必然性」)で、判例タイムズ(1504号46頁)に載った本件判決についての無名解説(本件調査官解説が出て比べれば、この無名解説も鷹野調査官のものであったことがわかる)について、自らが判決原案を書いたはずの者の言辞としては、第三者的であると評価していたが、本件調査官解説は、判例タイムズと同じ内容であるから、同じ評価となる。
それらの原因を判決内容に分け入って以下見てみることとしたい。
3 判決の経緯
事件は、福島県、隣接県に居住していた多数の原告が、福島第一原発の事故により、旧居住地が放射性物質により汚染されたとして、東電に対し、空間放射線量率を事故前の0.04μSv/h以下にすることを求め(原状回復請求)、東電と国に対し空間線量率が0.04μSv/h以下となるまで、1か月5万円の割合による平穏生活権侵害とふるさと喪失による慰謝料、生業(なりわい)賠償を求めたものである。
最大の争点は、津波の予見可能性だった。
福島地判平29.10.10裁判所ウエブは、原状回復請求を却下、ふるさと喪失に関する訴えを棄却したが、それ以外の生業賠償について東電と国に対し、国が電力会社に津波の対策を指示していれば原発事故は防げたとして、2900人に総額4億9000万円余りの賠償を命じた。
仙台高判令2.9.30裁判所ウエブでは、ふるさと喪失については原告と東電とで合意したのち、判決では原状回復は却下、その他の賠償請求について東電と国に責任を認め、地裁認容額を超える10億1000万円の支払いを命じた。
東電は賠償敗訴部分について上告受理申立をしたが、最高裁が不受理としたので高裁判決が確定し、国だけが上告審を遂行することとなった。
最高裁は令和4年6月17日裁判所ウエブで、原告の勝訴部分をことごとく退け、全面敗訴させた。国の原発事故責任を免責させた。その後の下級審は、この最高裁判決を踏襲している。
4 判決の内容〜予見可能性
@ 多数意見
多数意見は、「仮に、経済産業大臣が、本件長期評価を前提に、電気事業法40条に基づく規制権限を行使して、津波による本件発電所の事故を防ぐための適切な措置を講ずることを東京電力に義務付け、東京電力がその義務を履行していたとしても、本件津波の到来に伴って大量の海水が本件敷地に浸入することは避けられなかった可能性が高」い、「本件の事実関係の下においては、経済産業大臣が上記の規制権限を行使していれば本件事故又はこれと同様の事故が発生しなかったであろうという関係を認めることはできない」というばかりである。
ポイントである政府の「長期評価」について、国が東京電力に対し規制権限を行使していれば、「試算津波と同じ規模の津波による本件敷地の浸水を防ぐことができるように設計された防潮堤等を設置するという措置が講じられた蓋然性が高い」が、「加えて他の対策が講じられた蓋然性があるとか、そのような対策が講じられなければならなかったということはできない」から、「長期評価」を超える本件津波により、防波堤等を作っていても「大量の海水が本件敷地に浸入することを防ぐことができるものにはならなかった可能性が高いといわざるを得ない」というのである。
A 反対意見
三浦反対意見は、規制権限の根拠となる経済産業省令で定める実用発電用原子炉に関する技術基準を、平成4年の伊方最高判決を引用しつつ、「原子炉が、原子核分裂の過程において高エネルギーを放出する核燃料物質を燃料として使用する装置であり、その稼働により、内部に多量の人体に有害な放射性物質を発生させるものであって、原子炉施設の安全性が確保されないときは、当該原子炉施設の従業員やその周辺住民等の生命、身体に重大な危害を及ぼし、周辺の環境を放射能によって汚染するなど、深刻な災害を及ぼすおそれがあることに鑑み、その災害が万が一にも起こらないようにするため、原子炉の設置後の 安全性の確保については、原子炉設置者だけに委ねるのではなく、主務大臣である経済産業大臣において、科学的、専門技術的見地から、原子炉施設が適切に維持されるよう、適時に技術基準を定めるとともに、原子炉施設がこれに適合していないときは、できる限り速やかに、これに適合するように命ずることができることとしたものと解される」と正確に位置付けている。
その上で、「したがって、経済産業大臣は、実用発電用原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針の安全性に関する事項についても、電気事業法40条に基づく技術基準適合命令を発することにより是正する規制権限を有していたと解するのが相当である。上告人は、本件事故以前から、この点に関する法令の解釈を誤っていたといわざるを得ない」と断定した。
反対意見は、技術基準適合命令を発する要件を論じ、政府の地震調査委員会が設置され、平成14 年7月、三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価として、本件「長期評価」が公表された経緯を辿る。その限界も指摘しながら、「経済産業大臣としては、本件長期評価の合理性の検討及びこれに基づく津波の想定等に一定の期間を要することを考慮しても、遅くとも本件長期評価 の公表から1年を経過した平成15年7月頃までの間に、本件各原子炉施設について、原子炉施設等が津波により損傷を受けるおそれがあると認識することができ、東京電力に対し、電気事業法40条に基づく技術基準適合命令を発する必要がある ことを認識することができたものと認められる」と述べる。
ついで、結果回避可能性について述べる。
すなわち「研究や予測の技術も発展過程にあることを考え併せれば、本件長期評価に基づく津波の想定においては、本件試算の各数値を絶対のものとみるべきではなく、これを基本として、相応の数値の幅を持つものと考えるのが相当である」、「本件長期評価を前提に、経済産業大臣が技術基準適合命令を発した場合、東京電力としては、速やかに、本件敷地の東側からも津波が遡上しないよう、適切な防潮堤等を設置する措置を講じ、想定される遡上波が本件敷地に到達することを防止する必要があったものであり、その実施を妨げる事情もうかがわれず、それが実施された蓋然性が高いということができる」とする。
そして、防波堤等と水密化措置の必要性と可能性につき「防潮堤等の設置が完了するまでの間、このような危険を放置することは、万が一にも深刻な災害が起こらないようにするという法令の趣旨に反するというべきである。また、非常用電源設備は、原子炉施設の安全性を確保するため特に重要なものとして、平成2年安全設計審査指針の指針9第2項においても、平成17年改正前省令8条の2に係る技術基準においても、多重性等を備えた設計であることが求められており、想定されるすべての環境条件においてその機能が発揮できるようにしなければならないものであった(平成17年改正後省令8条の2第2項参照)。津波による浸水が現に想定される場合において、本件非常用電源設備の機能を維持するために必要な措置が講じられていないことは、この点でも、技術基準に適合しないとみることもでき、速やかに適切な措置を講ずる必要があった。この場合、本件非常用電源設備は、主要建屋の1階又は地下1階に設置されていたのであるから、津波に対し、その機能を維持するためには、これらが存在する区画を特定した上で、当該区画及びその建屋について、津波による浸水範囲及び浸水量を想定し、浸水の可能性のある経路及び浸水口(扉、開口部、貫通口等)を特定して、浸水を防止する水密化等の措置を講ずる必要があったということができる」とした。
さらに、「その当時、国内及び国外の原子炉施設において、一定の水密化等の措置が講じられた実績があったことがうかがわれ、扉、開口部及び貫通口等について浸水を防止する技術的な知見が存在していたと考えられる。こうした知見を踏まえ、具体的な断層モデルの設定に応じて、波高や波力等に影響する様々な条件を考慮するとともに、不確実性については安全上の余裕を考慮しつつ、必要かつ適切な設備の性能等を検討することにより、水密化等の措置を講ずることは十分に可能であったと考えられる」とした。
さらに「本件技術基準に従って講ずべき措置としては、単に、想定される津波を前提とした防潮堤等の設置で足りるということはできず、極めてまれな可能性であって も、本件敷地が津波により浸水する危険にも備えた多重的な防護について検討すべき状況にあったというべきである」と述べ、「経済産業大臣が技術基準適合命令を発した場合、東京電力として は、速やかに、上記水密化等の措置を講ずる必要があったものであり、その実施を 妨げる事情もうかがわれず、それが実施された蓋然性が高いということができる」、「本件事故から8年以上前に、本件長期評価の公表により、その当時の法令上、本件各原子炉施設が本件技術基準に適合していないと認識することができ、東京電力としては、極めてまれな災害も未然に防止するために適切な措置を講ずる法的義務を負っていた」と結論づけている。
まとめとして「これらの事情を総合的に考慮すると、本件長期評価を前提に、経済産業大臣が、電気事業法40条に基づき、東京電力に対し、技術基準適合命令を発していれば、本件事故又はこれと同様の事故が発生しなかったという高度の蓋然性があったということができる。 本件長期評価は、本件地震のように、複数の領域が連動して超巨大地震が発生することを想定していなかったが、『想定外』という言葉によって、全ての想定がなかったことになるものではない。本件長期評価を前提とする事態に即応し、保安院及び東京電力が法令に従って真摯な検討を行っていれば、適切な対応をとることができ、それによって本件事故を回避できた可能性が高い。本件地震や本件津波の規模等にとらわれて、問題を見失ってはならない」、「上告人及び東京電力は、同被上告人らに係る損害の全体についてそれぞれ責任を負い、これらは不真正連帯債務の関係に立つと解するのが相当である」と述べている。
5 多数意見、反対意見、そして調査官の関わり
簡単至極な多数意見と、詳細かつ克明な反対意見に、調査官がどのように関与したかが話題になっている。
司法界に衝撃を与えた後藤秀典氏の論文(「『国に責任はない』原発国賠訴訟・最高裁判決は誰がつくったか 裁判所、国、東京電力、巨大法律事務所の系譜」経済2023年5月号、136頁)、著書(「東京電力の変節 最高裁・司法エリートとの癒着と原発被災者攻撃」旬報社、2023年)や、そこに引用される幾つかの論稿では、反対意見は、担当調査官の報告書を基本に三浦裁判官が意見を加えたもので、多数意見は、不慣れな裁判官がやっつけ仕事で書いたものとしか思えないと述べている。
ただ、私は、調査官の職務からすると、当初の調査官報告書が三浦裁判官の反対意見に多く使われたことは間違いないように思えるが、多数意見はやはり合議に従い、当該調査官が判決書原案を書いたものと考える。ただ、多数意見が担当調査官の報告書を蔑ろにしたのではないかとの推測は、かなりの程度事実に近いのではないかと考えられる。
6 本件担当調査官の事務総局からの評価と、判決内容の今後の定着予測
上述してきたことは、鷹野調査官の本件判決に向けた調査官報告書が、国の責任を認めるものであったのではないかとの考察に基づくものであり、以下の推測もそれによっている。ただ、そうではなく、調査官報告書が、本件判決の多数意見と同様のものであったとすれば、当然そのような推測は成り立たない。
すなわち、鷹野調査官の調査官報告書が、国の責任を認めるものであったとすると、判決の合議中で、当初の調査官報告書に反する裁判官たちの結論も、それに従った判決原案も出揃った時点で、鷹野裁判官は本稿冒頭に述べたように「昇格」したのであるから、事務総局は、鷹野調査官の当初の調査官意見を、事務総局の方針違反とは見なかったこととなろう。
そうだとすると、大法廷を開かなければならないであろうが、福島事故に対する国の責任を認める判決が出る可能性はあるということになる。
この判決に対する代表的判例評論を二つ取り上げるが、両論文とも、調査官問題を展開されているわけではないが、本件判決の判決としての強さがそれほどのものではないとする点では、私見と同様のものと見ることもできよう。
桑原勇進「津波による原子力発電所事故防止の規制権限の不行使と国家賠償責任」(ジュリスト令和4年度重要判例解説53頁)は、総括として、「最高裁として初めてこの点に関する判断を示したものとして意義がある、とはいえ、速やかに変更されるべきである」と異例で明快なコメントをしている。
大塚直「福島第一原発事故国家賠償最高裁判決についてー防波堤設置および建屋水密化措置に焦点を当てて」(Law and Technology No99、2023年、87頁)は、因果関係判断が、その起点である規制権限不行使についての違法の判断をおろそかにし、予見可能性については、予見可能性の対象、原発規制の法令の根拠、一定のリスクに対する規制権限行使のあり方等についての検討がなされていないと批判する。そして、防波堤との関係で思考停止し、もっと低コストの水密化や、さらに低コストの非常用電源の高台確保などに結果回避義務としての発想が及んでいないことを批判する。さらに重要な指摘としては、国の責任に関する因果関係を判断する際に、東電における検討の蓋然性を判断したにすぎないのではないかとの疑念を表明している。
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