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最高裁判例 調査官解説批評review


複数の公務員が国又は公共団体に対して連帯して国家賠償法1条2項による求償債務を負う場合
(令和2年7月14日最高裁第三小法廷判決 民集74巻4号1305頁)
名和田 茂生(福岡県弁護士会)

1 荒谷謙介調査官の解説である。

  同調査官は,判決後の令和3年4月に最高裁行政局第一課長・最高裁広報課付に就任している。

2 事案の概要等

(1)大分県教育委員会(以下「県教委」という)の教育審議監A,義務教育課長Fおよび人事班主幹Eは,平成19年度と20年度の教員採用試験において,受験生の得点を改ざんするなどの不正(以下「本件不正」という)を行った。これにより本来は合格していた受験生が多数不合格となった。大分県(以下「県」という)は,これらの者に対して損害賠償金を支払い,国家賠償法1条2項に基づいて,本件不正に係わったAらに求償をした。その求償に際して県は,県教委から退職手当返納命令を受けたAより退職手当全額を返納(約3255万円)(以下「本件返納」という)され,さらに県教委の幹部職員等から合計約4842万円の寄附を受けたため,これらの合計額を控除して,Aらに約948万円を求償した。県は,その後,求償した者から合計約8万円の弁済と県教委の教育委員有志等から500万円の寄附を受け,これにより本件損害賠償金相当額を回収した。

(2)県の住民Xら(原告・控訴人=被控訴人・上告人)は,Y(大分県知事−被告・被控訴人=控訴人・被上告人)に対し地方自治法242条の2第1項3号に基づいて本件返納および上記の寄附の合計に相当する金額について求償権の行使を怠る事実が違法であることの確認とともに,同項4号に基づいてAらに対して求償請求を求める住民訴訟を提起した。  

(3)第1審判決(大分地判平成27・3・16民集74巻4号1316頁参照)は,寄附相当額を求償しないことは違法ではないが,本件返納について求償しないことは違法であるとしてXらの請求を一部認容した。そして,第1審においては,A,F及びEに対する求償権に係る債務が,分割債務となるのか,いわゆる不真正連帯債務となるのかという観点からは議論がされていなかったところ,第1審は,連帯となるとして,Aに対する求償権に基づく金員の支払を請求することを求める請求の一部(2645万0297円)を認容した。

(4)第1次第2審(福岡高判平成27・10・22同判自53頁参照)は,原判決を取り消し本件返納について求償しないことも違法でないと判断した。

(5)そこでXらが上告したが(第1次上告審),最高裁(最判平成29・9・15判タ1445号76頁)は,求償額から本件返納を当然に控除することはできないと判断しさらに審理を尽くさせるために原審に差し戻した。

(6)差戻し後の原審・第2次第2審(福岡高判平成30・9・28判自466号76頁参照)は,

ア 返納された退職手当相当額については,一般に,損害の公平な分担という見地から,国又は公共団体からの公務員個人に対する求償権の行使は,信義則上相当と認められる限度に制限されるべきであるものの,(1)本件不正は組織的に行われた悪質なもので結果も重大であること,(2)Aは教員採用試験が実質的に競争試験となり試験の在り方が改められた当初から,幹部職員であるにもかかわらす,安易に従前の慣例に従って不正に継続的に関与し,不正の慣例化に重要な役割を果たしてきたこと(3)その後教育長に次ぐ教育審議監となり,教育長が不正を認識していたとはうかがわれないことからすると,率先してそうした悪習を断つべぎであったにもかかわらす,不正を継続し,本件不正に加担したこと等を指摘して,不正が慣例化した状況において本件不正が行われたこと等を考慮しても,少なくともAに対する県の求償権の行使が制限されるべきであるということはできないとした。

イ 続いて,国家賠償法1条1項は代位責任の性質を有していることから,同条2項に基づく求償権は求償の相手方が複数いる場合には分割債務になり,県は平成19年度試験に係る損害賠償金として支払った金額のうちAについては4割,Fについては3.5割,Eについては2.5の割合による求償権を取得するとするのが相当であると判断した(平成20年度試験に係る損害賠償金の求償権の判断については省略)。その上で原審は,求償額から上記の寄附金額を控除して求償額を算定しAに対する支払い請求のうちその負担額を超える部分については棄却した。

(7)Xらが上告受理申立て。第2次上告審の判断の対象とされたXらの論旨は上記(6)のイに関するものである。

3 最高裁判決の概要

(1)本判決においては,国家賠償法1条2項による求償権に係る債務が分割債務となるか,不真正連帯債務になるかが争点である(以下,「本件争点」)。

(2)本判決は,以下のとおり判示し,Aは,県に対し,F及びEと連帯して求償債務を負うとしてその額を2682万4743円と計算しこれに従い,原判決を変更した。

 「国又は公共団体の公権力の行使に当たる複数の公務員が,その職務を行うについて.共同して故意によって違法に他人に加えた損害につき,国又は公共団体がこれを賠償した場合においては,当該公務員らは,国又は公共団体に対し連帯して国家賠償法1条2項による求償債務を負うものと解すべきである。なせならば,上記の場合には.当該公務員らは,国又は公共団体に対する関係においても一体を成すものというべきであり,当該他人に対して支払われた損害賠償金に係る求償債務につき,当該公務員らのうち一部の者が無資力等により弁済することができないとしても,国又は公共団体と当該公務員らとの間では.当該公務員らにおいてその危険を負担すべきものとすることが公平の見地から相当であると解されるからである。」

 なお本判決には,宇賀克也裁判官の補足意見が付されている。

 「代位責任説,自己責任説は.解釈論上の道具概念としての意義をほとんど失っているといってよい。
 本件においても,代位責任説を採用したからといって,そこから論理的に求償権の性格が実質的に不当利得的な性格を有することとなるものではなく,代位責任説を採っても自己責任説を採っても,本件の公務員らは,連帯して国家賠償法1条2項の規定に基づく求償債務を負うと考えられる。」

4 調査官解説の構成
本判決の調査官解説(以下本件解説)は,「第2」以下の「説明」において以下の構成で本判決を説明している。

「1 国家賠償法1条2項の求償権について
(1)国家賠償責任の性質論
(2)国家賠償法1条2項の求償権の成立要件
(3)損益相殺又は損害の補填と求償権の行使の制限

 2 国家賠償法1条2項の求償権に係る債務が分割債務となるか不真正連帯債務となるか
(1)判例・学説
(2)民法715条についての議論
(3)検討
(4)Xらの論旨

 3 本判決の射程等
(1)違法行為の加担者に公務員でない者がいる場合の損害賠償額の算定方法
(2)複数の公務員について,求償することができる金額が異なる場合

 4 補足意見について

5 本判決の意義  」

5 本件解説の骨子とこれに対する批評

(1)国家賠償責任の法的性質論との関係

ア 本件解説は国家賠償責任の法的性質論について
 「本判決は,国家賠償法1条1項は代位責任の性質を有することから求償債務を分割債務となるとした原判決の判断を是認することができないとしつつも,国家賠償責任が代位責任か自己責任かといった議論を展開していないことからすると,この点を決することにより,求償債務が分割債務となるのか不真正連帯債務となるのかが定まるという思考方法によってはいないのと解されよう。
 このことは,国家賠償責任の法的性質論につき,代位責任説,自己責任説といった議論は解釈論上の道具概念としての意義をほとんど失っている旨を指摘し,いずれにせよ,Aらが連帯して求償債務を負う旨の宇賀裁判官の補足意見からもうかがわれるところである。」と説明する。

イ 国家賠償法1条2項は,国または地方公共団体が被害者に損害賠償金を支払った後に,加害行為を行った公務員に対して求償することができると規定している。ただし求償権の行使には加害公務員の故意または重大な過失が必要となる。この求償権はこれまであまり行使されてこなかった(この問題点については宇賀克也『国家補償法』88頁,阿部泰隆「国家賠償法上の求償権の不行使からみた行政の組織的腐敗と解決策」自治研究87巻9号4頁参照)。しかし,近時,この懈怠を追及する手段として,地方公共団体の場合は住民訴訟が活用されるようになっている(戸部真澄・速判解22号53頁参照)。本件は,このような住民訴訟が提起された事例である。
 国家賠償責任の性質については,代位責任説と自己責任説の学説の対立がある。通説は代位責任説であるが,自己責任説も有力になっている。これまで最高裁はどちらの説に立っているかを明確に示していない(字賀克也=小幡純子編著『条解国家賠償法』22頁以下[山本隆司]参照)。
 代位責任説によれば.本来公務員に求償を求めるのは当然のこととなり,求償関係は不当利得返還請求類似のものとなるが,自己責任説によれば,公務員は,国または地方公共団体に対し公務員の職務上の義務違反として,その責任を負担すべきことになり,求償関係は債務不履行類似のものになると説明されてきた(字賀=小幡編著・前掲166頁〔西上治]参照)。原審(第2次第2審)は,代位責任説をとり.「求償権は実質的には不当利得的な性格を有し求償の相手方が複数である場合には分割債務となる」と判断した。
 この原審の判断については.国家賠償責任の性質論から,「賠償義務者と加害公務員との間の内部関係における複数加害公務員による求償債務の負担のあり方を直接導出できると考えるのは飛躍がある」との批判が当てはまる。本判決において補足意見を述べた宇賀裁判官が指摘するように,代位責任説と自己責任説の差異から「具体的な解釈上の帰結を導き出すことは困難であろう」(宇賀=小幡編著・前掲166頁[西上」)。

ウ したがって本判決が,代位責任説に基づいて求償債務を分割債務とした原審の判断を明確に否定したことは妥当な判断といえよう。
 本件解説は,本件争点について本判決が「連帯して国家賠償法1条2項による求償債務を負ったものと解すべき」と判示したことについて上記アのとおり,国家賠償責任の法的性質論との関係を説明した。前記イのとおり,妥当な解説というべきである。

(2)本判決が求償債務を連帯債務と判断した根拠はどこに求められるか。

ア 本件解説は,前記4のとおり,(1)判例・学説(2)民法715条についての議論をそれぞれ説明したうえで,「その根拠は,求償金の法的性質ではなく,民法715条と同様に考えて良い」旨説明し,「使用者責任が問題となる場合における求償においては損害−リスクの公平な分担という見地から求償の可否や範囲を決している」と考えられる」とし,さらに「上記の民法の使用者責任に関する検討は国家賠償法1条2項の求償権においても同様に考えてもよく」と説明する。本件判決が,損害の公平の分担に根拠を求めていることおよびその妥当性を本件解説は詳細に述べた。

イ 本判決が求償債務を連帯債務と判断したことおよびその根拠をリスクの公平な分担の見地に求めることにおよびこれを説明する本件解説は,以下の諸点からも理解できる。

(ア)求償権に係る債務が分割債務となるか不真正連帯債務となるかにより,加害公務員のうちに無資力の者がいた場合,国又は公共団体が求償権を回収できないリスクを負うのか,国又は公共団体への求償に応じた加害公務員が,更なる求償をできないというリスクを負うのかが異なることとなる。

(イ)国家賠償法1条2項と類似の規定として,使用者責任を定めた民法715条が,使用者または監督者から被用者に対する求償権の規定を置いている(同条3項)。この使用者責任が成立する場合は常に被用者に民法709条の不法行為が成立し(内田貴『民法?U〔第3版〕』496頁),複数の被用者が加害行為を行っていれば共同不法行為になる。共同不法行為の加害者は,賠償すべき損害全体について連帯して賠償義務を負うことなり(民719条1項),共同加害者間では.過失割合(または損害への寄与度)に応じて求償が認められるとするのが通説・判例である(内田・前掲543頁)。
 本判決は,「当該公務員らは,国又は公共団体に対する関係においても一体を成す」と述べており,県と複数の加害公務員間の関係は共同不法行為者間の関係と捉えることができ,この求償関係について共同不法行為責任の法理を援用することができると考えられる。しかし本判決は,この求償関係に共同不法行為の法理を直結させず,損害の公平負担という見地から求償権を規定した国家賠償法1条2項の趣旨(塩野宏『行政法?U行政救済法〔第6版〕』368頁参照)を踏まえて,求償債務を連帯債務と判断したといえること(戸部真澄・TKCWatch行政法NO.213)。

(ウ)民法上,使用者が復数の被用者に対して求償する場合に,求償権に係る債務が分割債務となるか不真止連帯債務となるかについて議論はされていないものの,使用者責任が問題となる場合における求償においては,損害・リスクの公平な分担という見地から求償の可否や範囲を決しているものと考えられる。すなわち,使用者の被用者に対する求償につき,前掲最一小判昭和51年7月8日は,「損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において,被用者に対し・・・・・・求償の請求をすることができるものと解すべきである。」とし,使用者責任と共同不法行為責任が交錯する場面においては,最二小判昭和63年7月1日・民集42巻6号451頁は,「被用者が使用者の事業の執行につき第三者との共同の不法行為により他人に損害を加えた場合には,使用者と被用者とは一体となすものとみて,右第三者との関係においても,使用者は被用者と同じ内容の責任を負うべきもの」とし,最二小判平成3年10月25日・民集45巻7号1173頁も同様の説示をしている。
 複数の被用者が第三者と共同不法行為をし,使用者の複数の被用者に対する求償が問題となる場合においては,(1)使用者の第三者に対する求償権の範囲,(2)使用者の複数の被用者に対する求償権に係る債務が不真正連帯債務となるか分割債務となるか,(3)使用者の被用者に対する求償権の行使が制限されるかを検討することとなるところ,(1)は前掲最二小判昭和63年7月1日と前掲最二小判平成3年10月25日が判断を示し,(3)は前掲最一小判昭和51年7月8日が判断を示したという状況にある。前掲最二小判昭和63年7月1日と前掲最二小平成3年10月25日は,使用者と被用者との間の最終的な負担割合はともかく,共同不法行為者の立場に立つものがいる場合には,グループ分けし,直接の行為者である被用者と一体と評価できる使用者については,求償の場面において被用者と同内容の責任を負うべきとしたものであるのに対し,前掲最一小判昭和51年7月8日は,使用者の被用者に対する求償に関するもので,被害者に対して賠償した損害につき,いわば最終的な負担割合をどうするかという点について判断したものである。
 使用者の複数の被用者に対する求償権に係る債務が不真正連帯債務となるか分割債務となるかという上記(2)の問題については,直接に判断を示した最高裁判例はないもの,上記の最高裁判例,取り分け前掲最二小判昭和63年7月1日及び前掲最二小判平成3年10月25日からすれば,少なくとも複数の被用者が共同して故意により不法行為をし,使用者において被害者に対する賠償をさせ損害を与えた場合には,不真正連帯債務となると考えてよいように思われる。この場合には,使用者との関係で,いわば被用者らが一体となって行為をしており,求償に関する無資力のリスクを被用者相互間で負わせるのが公平にかなうと考えられるからである。
 そして,上記の民法の使用者責任に関する検討は,国家賠償法1条2項の求償権においても同様に考えてよく,同項の求償権が問題となる場合において,複数の加害公務員が共同して故意により違法行為を行った場合には,国又は公共団体が有する求償権にかかる債務は不真正連帯債務となると解すべきものと思われる(以上,本件解説)。

ウ 本件解説は,「損害の公平な分担という観点は,最終的な負担割合を定める前の求償関係を決する場合にも考慮すべきものであり,複数の被用者が共同して故意により不法行為をした場合に,求償権に係る債務が不真正連帯債務となると解することは,この理念からも相当であると考えられる。」「このように加害公務員らが共同して故意により違法行為を行った場合には,国又は公共団体との関係において加害公務員らが一体であると評価することができるものと思われ,ある加害公務員の無資力リスクを国又は公共団体ではなく,他の加害公務員らが負うべきである。」
 「加害公務員が複数になることによって求償義務の範囲が狭くなるものではないから,違法行為の抑止という観点からも正当である。」等より,本判決の立場が正当と説明した。本事案に対する本判決の判断および本判決を説明する本件解説に筆者に異論はない。しかし,後述6の(2)に述べるとおり,損害の公平な分担に根拠を求めた以上,本判決の射程は限定的にならざるを得ないと思われる。

6 本件判決の射程等について

(1)本解説は「本判決の射程等」として「本判決は,複数の公務員が共同して故意によって他人に損害を加えた場合について」判断したものであり,「違法行為をした公務員の中に,重過失の者がいる場合や,軽過失の者がいる場合などについては,今後の議論に委ねられたものと考えられる」と述べ,さらに,「本判決の意義は,「複数の公務員が国又は公共団体に対して連帯して国家賠償法1条2項による求償債務を負う場合について,最高裁として初めて判断を示したものであり,理論的にも実務的にも重要な意義を有すると考えられる。」とする。

(2)この点については,佐伯彰洋(同志社大学教授)は「本判決は,Aら加害公務員3名が「共同して故意によって違法に他人に加えた損害につき」という限定をして,求償債務を連帯債務と判断している。本判決は,このような限定的な場合なら当該加害公務員は「一体を成すもの」と捉えることができ,求償債務は連帯債務と解すべきであると判断したものといえる。したがって.加害公務員を「一体をなすもの」と捉えることができない場合,たとえば,複数の公務員が重過失によって他人に損害を加え,その損害に対する寄与度が加害公務員ごとに相当の差異がある場合には,本判決と異なる判断がありえよう。このように考えるならば,国家賠償法I条2項に基づく求償債務を連帯債務とした本判決の判断は一般論を示したものと解すべきではないといえよう」と評釈している(令和2年度重要判例解説42頁〜43頁)。筆者も前述したところから同旨である。本件解説は前記のとおり「本判決の意義」を説明するが,「本判決の射程が限定的なもの」であることを否定する趣旨ではないと思われる。

7 本件解説のその他の問題点

本件解説は,

(1)「違法行為の加担者に公務員でない者がいる場合の損害賠償の算定方法」について,本判決が何らかの判断を示したものはないとした上で「第2次第2審の算定は相当であると考えられる。」とする。

(2)また,「複数の公務員について求償することができる金額が異なる場合」について「本判決は,その場合の求賞権相当の関係について,何ら示唆するものではない」が,としたうえで,「以下のように考えられるのではないか」として「公務員ごとに求償権の行使が制限される割合が異なる場合には,重なる限度において連帯するのではないかと考えられる。すなわち,公務員a,b及びcは求償権の5割について連帯して求償債務を負い,更に公務員a及びbは求償権の2割について連帯して求償債務を負い,加えて公務員aは求償権の3割について求償債務を負うことになる。そして,公務員相互間の求償においては,それぞれ連帯している範囲について,各公務員の果たした役割等に応じて求償割合が定まるものと考えられる。」とする。

(3)(1)および(2)はいずれも本判決が判示していない点について調査官の私見を述べたものである。本件解説において,私見を述べる必要があったかは議論のあるところである。

8 求償権行使と住民訴訟の活用について

(1)求償権の規定があるものの,現実には求償権の行使はあまりなされていない。
 求償権の行使がこれまであまりなされてこなかったのは,「職務執行に熱心な余り」との同情心からか,あるいは,訴訟において当該公務員に故意・過失がなかったと主張していた経過から,求償権の行使をしないのではないかと思われるとの指摘がある(阿部・国家補償法66頁,宇賀・国家補償法88頁等参照)。しかしこのような実態は求償権の制度趣旨を軽視するものであり,早急に是正されなければならない(宇賀「国家賠償」ジュリ1089号263頁(1996年)参照)。

(2)国・公共団体が求償権の行使を怠っている場合に,どのような方法でその懈怠を追求することができるか。地方公共団体については,住民訴訟の活用が考えられるであろう。しかし,地方公共団体の首長の行為に故意または重大な過失(重過失)があったとして求償権の行使がなされることについては,疑問がないわけではない。求償権の行使をあまり行ってこなかった実態を反省し,求償権の行使を怠ってはならないということはできるが,このような考え方が地方公共団体の首長についてもそのまま妥当するものであるか否か,再検討されなければならない,との意見もある(西埜章国家賠償法コンメンタール732頁)。国賠法1条2項は,公務員に故意または重過失がある場合の求償権の行使について定めているが,首長に故意または重過失がある場合とはどのような場合であるかについては,これまでの判例・学説は必ずしも十分な考察を加えてこなかった。このことは,例えば,国立景観国賠住民訴訟での争点をみれば明らかである(西埜「住民訴訟を通じての求償権の行使」明治大学法科大学院論集12号69頁以下(2013年)参照),景観を維持することを公約に掲げて当選した首長が,公約を実施するために民間マンション業者の景観を損なうような行為を阻止しようとしたからといって,それが後に故意または重過失があったとして求償権の行使を受けるというようなことは,求償権行使の濫用に当たるのではないかと思われるとの意見もある(同上)。

(3)本件は,住民訴訟によって適正な妥当な求償権行使がなされた事例  ではあるが,住民訴訟の活用には,上記(2)のような問題があることも留意しておく必要があろう。



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